子どもの場面緘黙症(と漢方)
私は小児科医かつアレルギー専門医です。
ただ、漢方薬を使うので、子どものココロのトラブルの相談も時々受けます。
西洋薬ではカバーしきれない感情・情緒の問題にも対応可能なところが、「心身一如」で捉える漢方のメリットです。
先日、小学生の場面緘黙症の相談を受けました。
患児の抱える不安・緊張をやわらげる漢方薬をいくつか試し、家庭以外では全く話せなかった状態が、家庭外でも少し話せるようになりました。本人は母親に「緊張の程度が以前より軽くなった」と話したそうです(私には話してくれません)。ただ、学校ではまだ無理とのこと。
場面緘黙症について少し調べてみました。
「不安症」に分類され、不安・緊張のため「話せない」病態(「話さない」のではありません)であることがわかりました(予想通り)。対人関係のストレスに敏感な子どもが潰されてしまったのでしょう。
子どものココロ・情緒の問題の背景には、不安・緊張がベースにあることが多いです。ストレスに敏感に反応して、それをため込んでしまい、言葉にできないから体の症状で「無言の訴え」「SOS信号」を発信するイメージです。
幼児期に使用できる精神科の薬はありません。学童期からはADHDの薬がありますが、小児に使用できる精神科の薬はごく限定されています。そのため、一般の精神科を受診しようとしても「高校生から」と門前払いを喰うことになり、しかし小児精神科医は数が少なく予約半年待ちがふつう、困った患者さんは放浪することになります。
すると、漢方薬の出番がありそうです。
私のスタンスは、「専門家につながるまで症状を軽減してあげること」にとどまりますが、それでも存在意義はあると思っています。
▢ 不安への漢方
・悲しみ・パニック・感情失禁 → 甘麦大棗湯(72)
単剤で効果不十分なら → 苓桂甘棗湯:甘麦大棗湯+苓桂朮甘湯(39)
慢性期には → 苓桂朮甘湯(39)+桂枝加竜骨牡蛎湯(26)
・不安感、言語発達遅滞 → 甘麦大棗湯(72)
・喉のつまり → 半夏厚朴湯(16)
・不安で心配でたまらない、体力なし、無気力 → 加味帰脾湯(137)
・不安感、抑うつ傾向、不眠 → 加味帰脾湯(137)
・ストレス、動悸、体力あり → 柴胡加竜骨牡蛎湯(12)
・落ち着きがない、こだわりが強い → 大柴胡湯去大黄
▢ 緊張への漢方
・緊張が強すぎて落ち着きがない、多動症 → 四逆散(35)、抑肝散(54)
・抑肝散で症状が残る、不安と癇癪と多動 → 抑肝散加陳皮半夏(83)
・落ち着きがなくイライラしやすい多動 → 柴胡加竜骨牡蛎湯(12)
・柴朴湯(96)、加味逍遥散(24)、香蘇散(70)
相談された患者さんに実際に上記の中から選択して処方し、反応を見ながらアレンジを繰り返し、だんだん緊張が減ってきました。
調べた内容を備忘録として残しておきます。
<場面緘黙症>
▶ 緘黙とは
・話すことができる能力があるにもかかわらず、ある場面で「話せない」状態を指す(「話さない」のではない)。
・すべての場面で話さない「全緘黙」と、特定の場面でのみ話せなくなる「選択性緘黙」があり、場面緘黙症は後者に当たる。
▶ 緘黙症とは
・本人の言語知識や能力にかかわらず、
・話せない状況が1ヶ月以上続き、
・社会的に不都合を生じさせている
ー症状
▶ 場面緘黙症(Selective Mutism)とは
・刺激に対して高反応を示す抑制気質を持つ子どもに現れやすい発達障害の一つ。情緒障害に分類され、学校教育では特別支援教育の対象となる。ASDを併発しているという報告もあり、ほかの発達障害の二次的な症状として場面緘黙が表れることもある。
・言語能力の問題ではなく、不安症の一種で、「自分が話す様子を人から聞かれたり見られたりすることに怖れを感じる」恐怖症の一種と捉えられている。
・話せなくなる場面は「場所」「(そこにいる)人」「活動内容」の3つの要素で決まる。
・選択性の緘黙症で、家庭では自然に話すことができるが、園や学校などの一定の社会的状況になると話せなくなる状態。
・甘えや怠けではなく、強い緊張や恐怖から来る症状。
・「人見知り」「恥ずかしがり屋」との違い:これらは慣れれば徐々に話せるようになるが、場面緘黙症は特定の場面での発話がまったくない状態が1ヶ月以上続く。
※日本では「選択的緘黙」という名称が長い間使用されてきたが、2023年に「場面緘黙」と名称変更された
▶ 場面緘黙症の診断基準(DSM-5-TR):不安症群の一つ
・他の状況で話しているにもかかわらず、話すことが期待されている特定の社会的状況(例:学校)において、話すことが一貫してできない。
・その障害が、学業上・職業上の成績、または対人的コミュニケーションを妨げている。
・その障害の持続期間は、少なくとも1ヶ月(学校の最初の1か月だけに限定されない)である。
・話すことができないことは、その社会的状況で求められている、話されている言語の知識またその言語に感じる快適さの不足によるものではない。
・その障害は、コミュニケーション症(例:小児期発症流暢証)ではうまく説明されず、また自閉スペクトラム症、統合失調し、または他の精神症の経過中にのみ起こるものではない。
※ DSM-5では、知的障害、ASDの場合は、そちらが優位の診断名となる。
※ ICD-11(2019)では「特定の社会的状況(大抵は家庭)では適切な言語能力を示す」とあり。吃音などの言語症については併存症の表記が可能。
※ 場面緘黙症の子どもの中には、ASDなどの神経発達症やこの傾向を併せ持つ子どもがいる。その場合は、神経発達症への対応が欠かせない。
▶ 症状の程度と病的の判断
・軽症~重症
✓ 家庭で家族以外の人と全く話せない
✓ 学校以外(登下校中やお稽古事、店など)でも話せない
✓ 学校で友達と話せるが先生とは話せない
✓ 発表はできて先生とは話せるが友達とは話せない
✓ 発話だけでなく、園や学校で動作の制限や抑制がある
・診断基準に当てはまらないケース
✓ 小さな声でなら話せる
✓ 少しなら話せる
・大人しい子どもと場面緘黙の境界は明確ではないが、「発話の程度」「発話できない期間の長さ」である程度区別可能
→ 「園や学校のクラスで発表や音読ができない」「園や学校で友達と話せない」「園や学校で先生と話せない」のいずれかが続く場合は場面緘黙の可能性がある。
※ 発話行動のアセスメント
・場面緘黙調査票(SMQ-R)
・学校場面別行動チェックシート(教師記入用)
▶ 場面緘黙の分類・・・医学・法令・学校教育で異なる
(医学)「不安症群」に分類
(法令)「発達障害者支援法」の対象
(学校教育)「情緒障害」に分類され「特別支援教育」の対象、「障害者差別解消法」により学校や職場に対して「合理的配慮の提供」の義務が明確に示された。
▶ 場面緘黙症の実態
・2~8歳で発症することがほとんど。
・出現率:幼児で1%、小学生で0.5%
(0.03~1%:APA2013、0.7%:アメリカのマスコミ、0.21%:梶・藤田による日本の大規模調査2019)
※ 3歳までは集団生活が始まっておらず、健診などでは発見が困難。
・従来は「場面緘黙症は大人になれば治るもの」と考えられてきた。年齢を経る毎に軽くなる傾向があるが、適切な支援なく学校生活を過ごした場合、長期にわたるストレス状況から、うつ的症状や不登校などの二次的な問題へつながるケースも見られる。たとえ発話ができるようになったとしても、成人後に社会不安障害などの不安障害に悩まされることも多く、早い時期からの適切な対処の重要性が強調されている。
▶ 話せなくなる場所・環境・出来事
・不安や緊張が高まる場所・環境・出来事に出会うと発症する。
・ほとんどが園・学校・職場など、多くの人と関わる場面で発症する。
・環境や経験がきっかけとなることも多い。
(例)転校や転居など環境の変化、いじめ・ケガ・叱責などの辛い出来事
▶ 場面緘黙症になる原因
ベースとなる発症要因は「行動抑制的な気質」(Kagan)
・刺激に対して高反応を示すタイプ。
・刺激に対して敏感なため、ほかの子どもが反応を示さないような場面や状況にも強い反応を示し、より多くの緊張や不安を感じてしまう。
・話さないことで、その緊張・不安を回避しようとする自己防衛を発動している。
・多く見られる併存障害:
✓ 他の不安症(社交不安や分離不安な)
✓ コミュニケーション障害(言語障害、語音障害、吃音、社会的語用論的コミュニケーション障害など)
✓ 発達性協調運動障害
✓ 感覚統合障害
環境側の原因で重要なのは「人」
・最も重要な環境要因は「人」。
・その他の要因としては、
✓ 音や匂いといった刺激
✓ 学習や仕事などの負荷
✓ 見通しが持てない状況
家庭環境の関連はほとんどない
・親のしつけや甘やかしのせいではない。
▶ 病態
1.場面緘黙形成サイクル(悪循環)
高すぎる不安場面
⇩ ・・・ここで「質問」したり「話しなさい」と無理強いすることは
悪循環を固定化・習慣化するリスクあり
(体)脳の扁桃体の警報器が鳴る
⇩
(感情)動悸がして不安が増大
⇩ ・・・こんな場面では発語できない
(行動)誰かが代わりに答える
⇩ ・・・相手が心を読むことで回避行動が強化される
(思考)また失敗した(自信喪失)、また話せないかも(予期不安)
⇩
振り出しに戻る
・・・発話を増やす取り組みの中で、大人の無自覚な「批判」や「否定」の声がけが、子どもの扁桃体を活性化させる。不安が高すぎる場面で「質問」したり「話しなさい」と言って、子どもが発話で答えなければ「話さないでいる行動」が強化される。高すぎる不安場面で話すことを強要すると、このような悪循環サイクルが繰り返され、話すことの不安を回避する行動が習慣化される。
2.場面緘黙消失サイクル(好循環)
高すぎない不安レベルの場面
⇩
(体)少し緊張
⇩
(感情)少し不安、でも楽しい
⇩ ・・・5秒以上待つ(周囲が回避行動を助けない)
(行動)発話する
⇩ ・・・「正の強化」、達成感(繰り返し・具体的賞賛など)
(思考)自分の力が出せた!、思ったより不安じゃない
⇩
振り出しに戻る
3.発話の好循環を広げるコツ
・基本は、楽しい活動の中で発話を成功させ発話行動を強化すること。上記の「好循環」を家庭内から家庭外へと広げていく。
・家庭では否定的声掛けではなく肯定的な言葉がけを心がける。
(否定的)~しないと〇〇で困るよ!
(肯定的)~すると〇〇になるよ」
・こどもが行った言葉を「繰り返し」してあげたり、話せたときに発話や発話の内容を「具体的に褒める」ことが大切。
・子どもの回避行動の後押し(イネイブリング)をしないように、子どもの発話の機会を作ることが大切。家庭内やすでに少し話せる場面で「子どもが初はするまで5秒以上待つ」「うなずきやジェスチャーで答える質問を多用しない」ことに気をつける。子どもが不安そうだからと言って、子どもが何か言う前に、大人が代わりに対処したり、話したりすることを控える。
▶ 場面緘黙症が治ったきっかけ例
【例1】「この人なら話しても大丈夫」と思える大人の存在
・信頼できる先生や保育士との関係が築けると、その人との間では少しずつ言葉が出るようになることがある。
・その経験が自信につながり、ほかの場面にも徐々に広がっていくことがある。
・無理に話させようとせず、受け止めてくれる大人の存在が、症状の改善を後押しする大きなきっかけになる。
【例2】「この人たちの前で話せない」という環境や人間関係の固定化が影響する場合の環境変化
・クラス替えや進学といった環境の変化が、話せなかった過去からのリセットとなり、改善のきっかけになることがある。
・人間関係を一新できるタイミングが、症状の改善に大きく影響する例は多い。
【例3】「できた!」という体験の積み重ね
・うなずいたり、うなずきで返事ができたりといった些細な表現でも、周囲に受け入れられた経験が自信となり、次の一歩につながる。
・小さな成功体験を積み重ねることで、「話すことが怖くない」「伝わるうれしさ」を監視、徐々に声が出せる様になる例もある。
・プレッシャーをかけず、小さな進歩を認めてもらえる環境が、自然と子どもの意欲と自信を育てる。
【例4】専門的な支援(カウンセリング、認知行動療法など)
・不安障害に対する認知行動療法(CBT)は、場面ごとの不安を少しずつ減らすアプローチとして効果的。
・段階的に話す練習をしたり、不安への捉え方を変える支援を受けたりすることで、話すことへの恐怖心が和らぐ。
【例5】プレッシャーをかけず、見守る家族のサポート
・家族が「なぜ話さないの?」と責めたり焦ったりするのではなく、「今は話せないだけ」と理解し温かく見守ることが、子どもにとって大きな安心感につながる。
・家庭でのコミュニケーションが安定していると自己肯定感が育まれやすくなり、外の世界でも自信を持って行動できるようになる。
▶ 治療の要否
・自然に治ることを期待して治療をしないと症状が悪化する場合があるため、早期の治療介入が推奨される。
・症状が固定すると、成長に伴い二次的な問題が生じる。ひどくなると動作的表現もしなくなり、表情も乏しく、動きも鈍くなるときがある。
行動療法的アプローチ
・行動療法とは、当面している問題を習慣的な行動として理解し、生活に適応するための行動を学習することで改善を目指す方法。
(例)シェービング法:目標となる行動をスモールステップに分けて、簡単なものから取り組んでいく。
(例)段階的エクスポージャー法:チャレンジの要素を人・場所・活動の3つとし、1回につき1つだけ要素を変えていくというステップを踏ませる。不安が少ない場面から少しずつ話せる場所や人を増やしていき、家庭の発話を学校の教室へと広げるように支援する。「どきどき不安きんちょう度チェックシート」の活用が推奨される。
・上記2つの方法は「オペラント条件づけ」理論(人間の能動的な行動が報酬(強化子)により習慣化する)に基づいており、刺激を強めるものとして報酬を用いるトークンエコノミー法を組み合わせると効果が高まる。
・最終段階としてフェイディング(当事者が独り立ちできるよう、徐々に指導者が手を引き、自律的にできるようにする)を目指す。
認知療法的アプローチ
・行動による変化を当事者が自分で認知し、それを整理したり評価したりして思考を前向きにすることを目指す。
・行動療法に認知療法を組み合わせることもある。
その他の治療法
・適度な運動を組み合わせる身体からのアプローチ
・薬物療法:海外では行われているが、日本ではほとんど行われていない。
▶ 家庭でできること
・家庭が安心できる環境であることが大切。「安心して失敗でき、リカバリー体験を積める環境」であることが大切。
・子どもの強みに注目し、子どもの好きなこと、できそうなことに、家庭内でも少しずつチャレンジさせてみる。
・場面緘黙を持つ子どもの中には、家庭でかんしゃくがあったり、言語表現の力が不足していたり、感情のコントロールの困難を抱えていたりするケースがある。
・家庭で自分の思い通りに行かないときに、感情をコントロールしたり、気持ちを切り替えたり、適切な自己主張をしたり、家族と交渉したり、他の解決法を考えたりする経験を積めるようにサポートする。
・家庭内での望ましい形でのコミュニケーションの行動を増やすのに「CAREプログラム」というペアレント・トレーニングが推奨される。
※ CAREプログラム(Child-Adult Relationship Enhancement)
・子どもとより良い関係を築くときに大切な養育のスキルを体験的に学ぶことができる。
・CAREはすべての親や支援者に役立つプログラムであり、場面緘黙児を持つ保護者に特化したプログラムではない。
・保護者や支援者が子どもの自己肯定感を高め、フェイドイン法やエクスポージャー法をして子どもの発話をサポートするときに役立つスキルが学べる。
▶ 場面緘黙症の子どもにやってはいけないこと
・無理に話させようとしたり、周囲の前で指摘したりすることは避ける。
・「大人しい子」と決めつけると支援のタイミングを逃し、子どもは「誰も分かってくれない」という孤立感を深め、自己肯定感が下がってしまう。
・ほかの子どもと比較すると、子どもは自信を失い、ますます緘黙が悪化することがある。
<参考>
・しゃべりたくてもしゃべれない「場面緘黙」(社会福祉法人済生会)
・場面緘黙のアセスメントについて(角田圭子)日本保健医療行動科学会年報 Vol.27 2012.6
・絵本「なっちゃんの声」
・書籍「どうして声が出ないの?」